それ、本当に「誇り」なんですか?
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ゲームや漫画等で「○○の血を引いている」ことで突如秘められたる力が覚醒したりするキャラがいます。これってどうなんでしょうか?
血筋はあくまで旅立ちのキッカケに過ぎず、本人の努力がメインであったり、偉大な血筋が逆にコンプレックスになっているようなケースなら好感の余地もあります。
しかし、これを自慢にして威張っていたりしたらもうアウトです。完全に悪役ですよね。
「確かに貴方の『血統書』は素晴らしい。だが貴方『そのもの』は最低だ!」
話は変わりますが、「誇り」という言葉を最近よく聞きような気がします。「日本に誇りを取り戻す」といったような形で。「自虐史観」なる言葉も当然のように使われて久しい。そしてそれらに異を唱えると、お決まりの「反日」です。
どうやら、過去の日本が正しかった、素晴らしいことをしたとすることが「誇り」を取り戻すという趣旨のようです。
話を単純にするため、今回は、事実がどうであるかは敢えて論じません。自分はあまり教養がなく知識に乏しいので、もっと詳しい方々の話を参照して頂いたほうが適切でしょうから……
そこで、日本の過去の行為はすべて正しかったと仮定しましょう。そうです、自分だって母国が下劣な国だなんて思いたくはありません。「日本は素晴らしい」大いに結構。
ではそれで、今の日本人である自分たちが、無条件に「誇り」を持てることになるのでしょうか?
過去の日本人は素晴らしいことをした。我々は偉大な日本人の「血を引いている」。だから素晴らしい…………
…………そんな虫のいい話はありませんよね。自分自身に誇りをもたらすのは自身の行い以外にありません。先祖がどうであったかなんて何の意味もないのです。
ここで冒頭の話にあった、血統書つきキャラに対する疑問が重なります。
先祖の栄光の上に胡座をかいて高飛車になることが「誇り」ある態度ですか? その血統書以外に、あなた「そのもの」を誇れる点はあるんですか?
あまつさえ血筋を理由にして蔑視し、排斥にまで走る……そのような態度を「誇り」と呼ぶのなら、そんなもの、無いほうがまだマシでしょう。
これは過去に限った話ではありません。日本の選手が活躍したり、日本人の研究者が著名な成果を挙げると「同じ日本人として誇らしい」というパターンになりがちです。
しかし、これはそういった人たち個人の実力が凄いのであって、日本人という共通点だけでそれに便乗するなら、こう言われるだけでしょう。「確かに貴方の国は素晴らしい。だが貴方『そのもの』は最低だ!」と……
まあ、そうは言っても仕方ないかも知れませんね。自分に誇りを持つのは大変です。他ならぬ自分自身が、それを裏付ける努力をしなければなりませんから。
それよりも、ネットで「日本は素晴らしいことをした」「日本は世界から尊敬されている」「こんな凄い日本人がいる」そんな情報を集めて、「日本人である」というだけの「誇り」を貪るほうがずっと楽ですものね。どうしても後者に走りたくなる心情もわからなくはありません。
しかしそこはぐっとこらえて、真に誇れるような日本人になるための努力に邁進したい。そして、血統書だけの悪役キャラにはならないよう肝に銘じたいものです。